2006年10月14日
ピーター・フランクルさん
昨日ピーター・フランクルさんの講演に、行ってきました。
題目は「人生を楽しくする方程式」 〜21世紀は人権の世紀になるか〜
と言うものでした。
入り口に始まる前から、ピーターさんは座って本を売っていました。
私はピーターさんと話をしたかったので、本を1冊買って、「ピーターさんはヘブライ語が話せますか?」と聞いたところ、ヘブライ語で「ヘブライ語をあんまり話せません。」と答えが返ってきました。
何ヶ国語も話せる彼ですが、彼の両親はアウシュビッツの強制収容所で全ての家族を失い、父も母もどちらも一人だけ生き残ったきびしい人生を通ってきたので、彼のことはなるべくユダヤ人と思われないように、育ててきたので、残念ながらヘブライ語はほとんどできませんでした。
名前も実は彼の父親は彼を「アロン」と付けたかったのですが、これはユダヤ人の名前なので、母親は反対して「ピーター」というキリスト教徒もつける名前にしたそうです。
実はこの話は、ヨーロッパのユダヤ人の家庭ではしょっ中聞かれる話です。
イスラエルの私の友達も、おじいさんおばあさん、おじさんおばさんなど全て強制収容所で消えてしまった。
自分の父と母がようやく生き延びて、イスラエルに来て自分がある。と言う人はたくさんいます。
強制収容所で600万人が殺されたのですから。ユダヤ人、ジプシー、その他の異民族と言うことだけで。
日本にも人種差別があります。
普通の日本人は気づかないと思います。
在日朝鮮人。部落の人たちです。
昨日のピーターさんの話では、北朝鮮の在日朝鮮人はパスポートも出してもらえないそうです。
私の両親の田舎には、名護と言う身分の家族がいて、地主の家に仕えていました。
地主が大きければ、たくさんの名護を抱えていました。
戦後この制度は無くなりましたが、以前日本には上下関係の身分制度があり、その名残は今でも残っています。
最もひどいのは、人間として扱われていなかった、部落の人たちでしょう。
そういう人たちの存在を知ったのは、私が大学生の時で、教員免除を取ろうとした時でした。
日本人はみんな日本人だけで、平等だと思っていたので、ビックリしたのを覚えています。
題目は「人生を楽しくする方程式」 〜21世紀は人権の世紀になるか〜
と言うものでした。
入り口に始まる前から、ピーターさんは座って本を売っていました。
私はピーターさんと話をしたかったので、本を1冊買って、「ピーターさんはヘブライ語が話せますか?」と聞いたところ、ヘブライ語で「ヘブライ語をあんまり話せません。」と答えが返ってきました。
何ヶ国語も話せる彼ですが、彼の両親はアウシュビッツの強制収容所で全ての家族を失い、父も母もどちらも一人だけ生き残ったきびしい人生を通ってきたので、彼のことはなるべくユダヤ人と思われないように、育ててきたので、残念ながらヘブライ語はほとんどできませんでした。
名前も実は彼の父親は彼を「アロン」と付けたかったのですが、これはユダヤ人の名前なので、母親は反対して「ピーター」というキリスト教徒もつける名前にしたそうです。
実はこの話は、ヨーロッパのユダヤ人の家庭ではしょっ中聞かれる話です。
イスラエルの私の友達も、おじいさんおばあさん、おじさんおばさんなど全て強制収容所で消えてしまった。
自分の父と母がようやく生き延びて、イスラエルに来て自分がある。と言う人はたくさんいます。
強制収容所で600万人が殺されたのですから。ユダヤ人、ジプシー、その他の異民族と言うことだけで。
日本にも人種差別があります。
普通の日本人は気づかないと思います。
在日朝鮮人。部落の人たちです。
昨日のピーターさんの話では、北朝鮮の在日朝鮮人はパスポートも出してもらえないそうです。
私の両親の田舎には、名護と言う身分の家族がいて、地主の家に仕えていました。
地主が大きければ、たくさんの名護を抱えていました。
戦後この制度は無くなりましたが、以前日本には上下関係の身分制度があり、その名残は今でも残っています。
最もひどいのは、人間として扱われていなかった、部落の人たちでしょう。
そういう人たちの存在を知ったのは、私が大学生の時で、教員免除を取ろうとした時でした。
日本人はみんな日本人だけで、平等だと思っていたので、ビックリしたのを覚えています。